フランス映画『あの頃エッフェル塔の下で』『そして僕は恋をする』、フランスの名匠アルノー・デプレシャン監督のインタビュー映像です。
「日本とは友情の絆で結ばれている」と語るアルノー・デプレシャン監督に、映画界経緯や撮影にあたり苦労した点などを伺いました。
アルノー・デプレシャン監督が、映画界に入った経緯は、なんと単に親が話していた「IDHEC(フランス高等映画学院)」の名が耳に残っていて、学生時代の進路相談で先生に「将来、何になりたい?」と聞かれ、「IDHEC」と答えてしまったのがきっかけだそうです!!
1960年10月31日、フランス北部、ルーベ生まれ。IDHEC(フランス高等映画学院、現在のFEMIS)で映画を学んだ後、1990年に、処女中編『二十歳の死(La vie des
morts)』でジャン・ヴィゴ賞を受賞し、一気にその名前が注目される。’92年に初の長編映画『魂を救え!(La
Sentinelle)』を撮り、セザール賞の第1回監督賞と最優秀脚本賞にノミネート。そして、‘96年の『そして僕は恋をする(Comment je me suis disputé… (ma vie
sexuelle)』では、主役のアマルリックにセザール賞の有望若手男優賞をもたらす。
その後、2000年に『エスター・カーン めざめの時(Esther Kahn)』を発表、’04年の『キングス&クイーン(Rois et
reine)』では、ヴェネツィア映画祭で主役のアマルリックに今度はセザール賞の最優秀男優賞をもたらす。’08年には『クリスマス・ストーリー(Un conte de
Noël)』で再びカトリーヌ・ドヌーヴ、マチュー・アマルリックを迎えて家族ドラマへと向かいカンヌ映画祭に正式招待。しばしの沈黙ののち、’13年にアメリカを舞台に異色の友情ドラマ『ジミーとジョルジュ
心の欠片を探して(Jimmy P )』を発表。
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